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IEとHumanities - Julián Montaño教授へのインタビュー

(IE日本オフィス代表 飯野による寄稿)

 

IEには4つのコアバリューがあります。Entrepreneurship, Technology & Innovation, Diversity, そして Humanities。Humanitiesは日本語では「人文科学」や「文学(部」など訳されるため、他の三つのコアバリューと比較した際、重要性と意味があまりしっくりこないのではないでしょうか。

IEを受験する方々からも多く質問をいただいてきたため、マドリードを訪れた際、 Julián Montaño教授に話を伺うことにしました(2019年6月)。本来のHumanitiesとは、アートや文学、歴史、宗教、哲学など、人間そのものあるいは人間が生み出したものの中で、科学的ではない部分を扱う分野となります。

 

飯野

モンターニョ教授、IEのコアバリューの一つにHumanitiesがあります。なぜIEはこのデジタル時代においてHumanitiesを大切にしているのか、また、ビジネス教育の文脈においてHumanitiesをどう評価しているのか、HumanitiesとIEの関係について少し教えて頂けますか。

 


モンターニョ教授

もちろんです。IEにはHumanitiesの他に、起業家精神、テクノロジーとイノベーション、ダイバーシティという3つのコアバリューがあり、これらは4つ目のコアバリューであるHumanitiesとも調和しています。IEは、Humanitiesを他の3つのコアバリューと共に評価し、大切にしています。Humanitiesとは周りを深く理解することです。私たちがHumanitiesをIEの根本に据えるのは、皆さんに現実を取り巻く世界を深く理解し、新しい考え方や価値観を構築、または理解できるようになって欲しいからです。アカデミックな理論を使って説明していきましょう。

 

アリストテレス以来、私たちは学問や知識を3つに分類してきました。1つめは「テクネー」という、現在のテクニック、テクノロジー、芸術に対応する制作領域の知識です。「テクネー」はギリシャ語で制作を意味します。2つめは「プラクシス」という、実践的な知識です。私たちが使う実践的という言葉はギリシャ語の「プラクシス」が語源です。3つめは、「テオリア」という、理論的、客観的な知識です。では、ビジネスの世界における制作領域の知識「テクネー」の例を挙げてみてください。

 


飯野

例えば、財務会計でしょうか。

 


モンターニョ教授

そうですね。より正確に言うと、実際のお金の流れをどう会計で表すかということです。財務会計はツールであり、財務諸表や会計を読み取る手法です。それは、スペインと日本で違いますか。

 


飯野

あまり変わらないですね。

 


モンターニョ教授

会計の計算手法は、スペインと日本でほとんど同じですよね。それは技術的なツールは文脈に応じて変化しないからです。文脈独立的だと言えます。では、実践的な知識「プラクシス」の例を挙げてみてください。

 


飯野

リーダーシップでしょうか。

 


モンターニョ教授

そう、リーダーシップです。さらに正確に言うと、リーダーシップに必要な多様なスキルです。では、チームを統率する方法はスペインと日本で違いますか。

 


飯野

はい、文化や商習慣が違いますから、リーダーシップもかなり違うと思います。

 


モンターニョ教授

そうですね。実践的な知識は文脈依存的で、状況によって変化するからです。公共機関におけるリーダーシップは、民間機関におけるリーダーシップと同じではありません。小さなチームにおけるリーダーシップは大企業におけるリーダーシップと同じではありません。ヨーロッパのリーダーシップは、アフリカのリーダーシップと同じではありません。

 

知識の三分類は非常に重要で、最終的にはどのようにして何をすべきか理解できるようになります。もし、理論的、客観的知識「テオリア」、つまり形式知があれば、仕事の方法論は必要なくなります。物事を概念化する方法や、継続的な価値を植え付ける方法、あなたの会社やあなた自身の目的を結論付ける方法も不要になります。あなたが持つ客観的知識は、能力や経験則からくるものではなく、普遍的なものだからです。

たとえば、私が「恥意識」という概念を知らなかったとしたら、日本文化の大部分を理解することができません。「恥意識」は日本社会の中核をなす概念だからです。そして、この概念を知らなければ、理解できないまま私の視野から外れてしまうことがたくさんあるでしょう。それが、私たちの物事の見方です。

 

では、私たちはどうやって制作領域の知識(テクネー)を習得するのでしょうか。その手順を説明しましょう。あなたも同じ手順を辿れば、私と同じ結果に到達するでしょう。例えば、泳げるようになるためには、どうしたらよいですか?

 


飯野

実際に泳いでみるしかないのではないでしょうか。

 


モンターニョ教授

そうですね。それから、他の人とコミュニケーションをとる方法はどうやって学びますか。

 


飯野

やはり、会話したり、コミュニケーションをとることでしか学べないと思います。

 


モンターニョ教授

そうです。つまり、私たちは実践することによって学び、最初の段階で身に付けるものが経験則なのです。そして、次に身に付けるのが習慣です。私たちはそれをスキルや能力と言いがちですが、結局のところは習慣です。もし私がそれを実践することをやめてしまえばやり方を忘れますが、元のように思い出すのは簡単なことです。では、どうやってそれを習得しているのか。ただ、理解しているのです。新しい考え方や価値観を習得しているのです。私たちが新しい概念を習得するとき、私たちは心で捉えているのです。

 

私たちがHumanitiesをコアバリューに据える1つめの理由は、現実を深く理解すれば、自分の行動の可能性がもっと広がって、物事を良い方向に変えていくことができるからです。2つめの理由は、現実をより多くの側面から捉えられたら、将来の可能性をより多く思い描くことができるからです。Humanitiesをコアバリューに据えるのは皆さんに世界を広く理解してもらい、新しい概念や現実を表現する方法を理解し、提案できるようになって欲しいからです。

 

知識の三分類は、物理学や自然科学、建築学のようなものに起因する概念であって、なぜHumanitiesにも適用できるのかと尋ねる人がいるでしょう。しかし、Humanitiesは文化であり、歴史であり、哲学なので、人類ができること、考えられること、してきたこと、考えてきた様々なことそのものなので、当然Humanitiesにも適用できます。

 


飯野

AIをはじめとする技術は世の中にたくさんありますが、それらはツールに過ぎません。Humanitiesがより重要になってきますね。

 


モンターニョ教授

はい。そしてツールは変化します。私がMBAで学んでいた頃の最新ツールといえるものはCRMで、当時は画期的に思えました。しかし、今やCRMは既に一般的なものになっており、陳腐化しつつある。ツールが変化する一例ですね。

能力は廃れてしまいがちですが、内面は生涯ずっと持ち続けることができるのです。では、どのようにその内面を相手にわかりやすく伝えればよいのでしょうか。IEはただの専門家を育てたいわけではないのです。ただツールを使いこなすだけ、専門知識があるだけの管理職を育てたいわけではないのです。もちろん、皆さんは最新の専門的なツールをたくさん学ぶことになります。しかし、私たちはあなたがただスキルを持った専門家になることを望んでいません。私たちは、チームワークや、コミュニケーション、交渉などのトレーニングを通じて、ただの管理職ではなくリーダーを育成したいのです。

 


飯野

なるほど。IEの起業家精神、テクノロジー、ダイバーシティともつながってきますね。

 


モンターニョ教授

私たちはただの追従者ではなく、自ら動ける人を育てたいのです。そのために、Humanitiesを学んで欲しいのです。なぜなら、Humanitiesを学ぶことで概念と豊かさ、寛容さを発達させることができるからです。そして、あなたはリーダーの視点に立つことができるようになるでしょう。

Humanitiesが他の3つのコアバリューとどのように調和がとれているかを具体的に見ていきましょう。

 

ダイバーシティとの調和は明らかですね。Humanitiesの授業で人々がこれまでに考え、行ってきたさまざまな方法を研究すれば、IEの中や社会の中での違いや視点の多様性について熱心かつ、より賢明に学べるようになるでしょう。

 

起業家精神との調和は、さらに明確です。物の見方が豊かになれば、新しいものを思い描くことができますよね。Humanitiesを学ぶことで、新しいものや様々な物の進め方に対する感性が磨かれます。Humanitiesを学ばなければ別の可能性や代替する状況はないと考えがちになりますが、私は歴史上の別の状況を学んできた上、技術や新しい考え方を知っているので、別の状況を想像することができます。私は異なる概念や異なる表現方法について教育を受けてきたので、異なる概念や表現方法、

 

最終的にはテクノロジーが含蓄する現実を理解し、受け入れることができるのです。だから、Humanitiesは実用的なビジネスの文脈の中でも非常に深い意味を持つコアバリューなのです。IEは専門家ではなく、リーダーを育てたいのですから。

 


飯野

IEがなぜHumanitiesを大切にしているのかわかってきました。では、実際にHumanitiesの概念をどうやって授業に取り入れているのですか?学生たちはその恩恵をどうクラス内で受けていくのでしょうか。

 


モンターニョ教授

MBAや経営学修士の課程では、クリティカルシンキング(論理的思考)という必修科目があります。これはとても良くて、MBAで10授業、MIMでは12授業分あり、哲学者、歴史学者、人類学者が教えています。この講座で学ぶことは教授によってテーマが違いますが、Humanitiesの視点を身に付けることは共通しています。IEはHumanitiesの授業でビジネスやリーダーシップについて学ぶことを必修にしました。入学後すぐのプログラムの中にも1つ授業がありまが、主要な内容は二学期のHumanitiesの必修科目「Critical Thinking for Management」で学べます。

 


飯野

そうなのですね。よくわかりました。私はMBA学生時代、先生の「Keys of Contemporary Culture」という哲学の授業を受けましたが、人間とはなにか、意思を持つ他の動物、あるいは機械やロボットとどう違うのかなどさまざまなことを考える機会になりました。実はコーポレートファイナンスの授業は10年経って多くの式を忘れてしまいましたが、哲学は今でも心に残っている授業のひとつでした。思考のひとつの基準となるものを得たような気がしています。

IEのコアバリューにHumanitiesはなくてはならないものですね。授業の他にも、IEでは様々な学内イベントや講義を通じてHumanitiesに触れる機会があります。オンラインでも今後もっと触れていこうと思います。先生、お時間ありがとうございました。

 


※2020年5月19日修正:テクネ―およびプラクシスの、文脈独立的、文脈依存的の表記が逆になっていたため、入れ替えました。